夏目漱石の「こころ」がブログ本だったら-1
こころ
コメント
本連載はほぼ原文のそのままにしつつも
若干の変更を加えておりますことを御理解の上御覧ください
こころをブログ化したら
一.
私はその人を常に先生と呼んでいた。
だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。
これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。
私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。
筆を執っても心持は同じ事である。
よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。
私が先生と知り合いになったのは鎌倉である。
その時私はまだ若々しい書生であった。
続きは下記から。(はてなだとデザインに限界が...)